丸 山 先 生 の 旅 行 記
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ヨーロッパ指導記
ドイツ
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1時間半のフライトでハンブルグ空港に着く。
空港では、デニーズとご主人のスティファン氏が
こぼれんばかりの笑顔で迎えに来られていた。
その時、にっこり微笑むデニースの大きな瞳に
キラリと光るものがあるのを私は見逃さなかった。 |
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昼食はデニースの家で彼女の手作りのご馳走を
戴き、そこから歩いて10分程の
ホテル・コマーズに落ち着く。
最上階の3階(日本では4階)のスイート・ルーム。
彼女の心尽くしが感じられた。 |
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夕方はご夫妻とエルベ河畔(かはん)を散策。
樹齢数千年の大木が立ち並び、エルベ河のさざ波
は折しも夕日に映え、憂いを含んだデニーズの
横顔にマッチした風景であった。
デニーズの愛犬マネー・ペニーが先に立って走る。
至福のひとときであった。
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翌日は日課の朝練を済まし、デニースの家に行き、2時間程、
彼女のインタビューを受ける。
デニースは私の生涯、思想、教えを本にして
ドイツで出版するそうで、このインタビューは、
一昨年から続いている。
このインタビューはこの後、3日間行われた。
続いてハンブルグ市内を2階建てバスに乗って観光する。
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何度見ても美しい街だ!
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夕方は車で1時間程のキールにあるデニースの2つ目の道場で6時半
から9時まで稽古をつける。皆顔なじみの人達だ。終わって会食。楽しいひとときである。
6月1日より3日迄、ハンブルグ市内にある合氣会の浅井師範門下のトマース・ドムロエッセ氏の
道場をお借りしてセミナーを行う。
ドムロエッセ氏は全独合氣会の会長で絶大な権力を持った方だが、昨年ご夫妻で私のセミナーに
参加し、合氣道唯心会に大変なご好意を寄せられた方である。道場はマット敷きだが、広く90畳は
あろうかと思われる。シャワー室も完備していて素晴らしい道場だ。
勿論、私とは旧知の仲の浅井師範が心良く使用を認めて頂いたので、唯心会と合氣会合同セミナー
となり、人数制限をして50人の人々が集まった。初日のYUKIセミナーでは操体法、霊氣、整体を
教え、ドムロエッセ氏の奥様を道場の壁側に後ろ向きに立たせ、私は広い道場の反対側の壁際に立ち
氣を送ったところ、彼女は微動だにしない不動体となってしまった。
正に遠隔愉氣の真髄を見せた型となり、会場は嘆声と拍手の渦であった。奥様は何が起きたのか
わからず目をパチクリさせていたのが、また会場の笑いを誘った。
翌日から2日間は合氣道のセミナーだが、私も茶目っ氣を出して大男のドムロエッセ氏に仰臥した
私の両足首を両手でしっかり押えさせ、氏を瞬時に投げ飛ばしてみせた。頭から落ちた氏が呆然とし
ていたのが印象的で、合氣道唯心会の氣の力と技の冴え、そして私が今回のセミナーのテーマとし
ている「愛と感謝」に全員が心酔した3日間であった。
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「愛のあるところ 必ず 感謝あり
感謝あるところ 必ず 愛がある。
このふたつは車の両輪である」 |
というのが私の主張で
「良く私のセミナーに参加してくださった。有難う」
という感謝の念。 |
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そして愛情込めた教導に全員が一丸となり、本当に楽しく笑いの絶えないセミナーとなった。
「来年も必ず来て、この道場を使い、私達を教えて下さい」と最後にドムロエッセ氏が私の手を痛い程
両手で握り締めて云って頂けたのには感激した。
側からデニースが「トム!私が来年!先生を呼ばないとでも思っているの」と茶々を入れ、また会員
笑いを誘っていた。
6月4日はドイツ合氣道唯心会副会長で会社社長のロルフ・ブルウナーご夫妻のご好意で自家用
ヨットに乗ってエルベ河クルージングをする。エルベ河は市内で対岸まで1キロ、北海河口付近は、
15キロあるそうで水深は16メートル。 クイーン・エリザベス号がハンブルグ市内に横づけになると
大河だ。夜は、市内のデニースの道場で稽古。皆で終了後、私の合氣道歴50年を祝ってくれた。
ドイツ女子砲丸投げチャンピオンでスポーツマスターの称号を持つアンドレア嬢がデニースと競うよ
うに私の面倒を見てくれたのが印象的だった。1メートル80センチの彼女が、これを食べなさい。
このお酒を飲みなさいと指示する様は正に「マム(母)」だと皆が笑っていた。
最終日は車で1時間半ほどの所にあるデニースの別荘でご夫妻と過ごす。ムスタンという土地だが、
風光明媚とはこの地のことをいうのかと思う程、美しい土地で、至るところに湖と森があり、ひと昔流行
った「ブルーシャトー」の歌はここをモデルにしたのではないかと疑う程である。
6月6日ハンブルグ空港は快晴。
私の重量オーバーした荷物代30ユーローを快くデニースが払い、ご夫妻とコーヒーを飲んでお別れ
する。
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